香港から1通のEメール(2)

〈続き〉

そう。実は、ルー氏は現在の息子の生活や家族に支障をきたさないよう、行動パターンを把握した上で密かに接触したいと思っていたのだ。

そこには生みの親として純粋に我が子と話をしたいということ、またかなりの資産を保有するルー氏にとっては将来財産をどうするのか、ということの判断材料にもしたいという2つの側面があった。

Mは受件(依頼を受ける)した。

ルー氏の真っ直ぐな思いが伝わってきたのだ。

早速スタッフを集め会議に入るM。

好物のしゃぶしゃぶも暫くお預けになりそうだ。。。

早速様々な方法で調査が行われる。本人の調査と同時に交友関係も洗っていく。

調査の結果、対象者の息子は予想通り養父母の自宅から日本屈指の一流大学に通っていた。

生活が乱れている様子もなく自宅・大学・アルバイト先の中華料理店の往復の毎日が1週間続いた。

しかし、Mは勿論これで満足はしていない。

対象者の息子がしきりに携帯電話を操作するのを一瞬たりとも見逃さなかった。

家族に連絡を取る仕草ではないことくらいポケットベル時代にも遡る長年の対象者観察術で瞬時に見て取れる。

女性だ。  女性がいるのだ。

 

 

女性がいる事を瞬時に察知したMは引き続き対象者を徹底的にマークした。

そして調査開始から2週間後、Mの予感は的中する事になる。

いつもなら大学のキャンバスに向かうはずが全くの逆方向へ進む対象者。

着いた先は銀座だ。

とても普段銀座を歩いているとは思えない雰囲気と出で立ちの対象者。

そのミスマッチが思わぬ結果を露呈する事になるのはMにとっては想像に難くないことだった。

銀座の街角で人待ちをしていた対象者に近付いてきた一人の女性。

その身なりは清楚で上品。

育ちの良さが全身から感じられる。

しかしその顔を見たMはある程度予想はしていたものの驚きを隠せなかった。

端正な顔立ちながらも実の母親(クライアント)の年齢を明らかに、しかも大幅に上回るその女性。
更に手を繋いで歩き出したではないか。

街中を歩く他の恋人達と何ら変わる事の無い二人の姿を追い、追跡態勢に入る。

二人は洋食店で食事をし、食後の散歩のようにデパートでウインドウショッピングを楽しむ。

小一時間歩いた所でカフェへ入り二人揃って紅茶を飲みながら笑顔に溢れた会話を楽しんでいる。
対象者がクッキーを食べると女性はハンカチを取り出し対象者の口の周りを拭いてあげている。

ただならぬ関係なのは誰の目にも容易に見て取れる。

空がオレンジ色に染まってきた頃、二人は店を後にした。

通りに出た二人はすかさずタクシーを止め、寄り添って乗り込んだ。。。

香港から1通のEメール(1)

 

ホテルの部屋でMがエスプレッソを飲みながらメールをチェックしていると1通の英文メールが。

差出人はある中国人。日本人でも聞いた事がある程の会社の女性マネージャーだ。
どうやらMの友人である香港風水界の重鎮L先生の紹介のようだ。

今回は企業絡みではなく東京に残してきた息子(離婚した日本人前夫との子で日本国籍)が心配で様子をみてほしいとの事。その息子とは18年も会っていないようだ。
突然息子の前に現れるような事をして迷惑は掛けたくないし、彼女自身中国本土やヨーロッパを飛び回っているので日本にいられる時間も限られている。

例え友人の紹介でも会った事もない依頼者の依頼は受けられない。
彼女は秘書ではなく彼女自身の電話番号を書いてきたので本人に電話をして早速ビデオチャットの準備に取り掛かる。

ある程度以上の地位にある人の中には時間の都合や日常的に身の回りの事は秘書が行っている関係上、秘書の連絡先を教えてくる(または秘書からの接触)人が多いが、Mは相手が誰であれ、スケジュール調整等を除き、直接連絡を取ろうとしない依頼者の依頼は受けないのだ。もちろん、アポイントのマネージング等、依頼に直接関係のないことは秘書さんにその職務を全うしていただいて構わない。

デリケートかつ人生に関わる大きな事案を扱うのに伝言ゲームをやっているのでは時間も無駄であり、ニュアンスや真意が伝わらない場合もあり、また、お互いの本質を見極めらず最善の結果を得られるチャンスを逃すことにもなりかねないのだ。

その時ビデオチャットが彼女と繋がり、モニターには実年齢よりはるかに若く見える見るからにやり手風の女性の顔が映し出された。

画面に現れた相談者ルー氏(仮名)は大企業首脳陣が持つある種共通した雰囲気を醸し出していた。

ルー氏は神妙な面持ちで挨拶を済ませるとアジア人によくある訛りを全く感じさせない流暢な英語でこう切り出した。

「調査方法・費用等は全てお任せしますのでとにかく息子の現状をお調べいただけませんか。養父母と仲良くやれているか、大学にちゃんと通っているか、元気に生活できているかなどが解ればそれでいいんです」

とにかく元気でやっていることを知って安心したいという。

なるほど、もっともな相談だ。

ただし、Mの目はそれ以外のことも見抜いていたのだ。

「ルーさん、まだ他にしたい事があるでしょう?」

しばらく考えた後、彼女は口を開いた。

「実は息子と一度会って話をしたいと考えています」

たとえビデオ会議だろうとMはその目の奥にある真実を見逃しはしない。

<続く>